アメリカに落語の花を咲かせましょう

〜第18回〜 目黒の秋刀魚

異なるジャンルで活躍する当地の日本人が、不定期交代で等身大の思いをつづる連載。


古典落語の中でどの演目が一番有名だろうと考えて浮かぶのが「寿限無(じゅげむ)」「時そば」「目黒の秋刀魚(さんま)」です。また今は人気のアニメや音楽の影響で、若い人には「死神」かもしれません。読者の皆さまはどう思われますか。他にアメリカやニューヨークでもっと有名な噺(はなし)はありますでしょうか。

江戸時代の目黒は
本当の田舎だった

僕はこちらに移住するまでは東京都の目黒区に住んでいました。駅でいうと東急目黒線の「武蔵小山」と東急東横線の「学芸大学」を使っていました。JRの目黒駅から目黒通りで権之助坂を下って、寄生虫館の辺りからずっと上り、目黒郵便局を左に折れて少し行った目黒本町に住んでいました。

当時はランニングに力を入れていましたので、品川区寄りの目黒区東を走り回り、地名や土地の高低差、雰囲気をかなり知ることができ、「目黒の秋刀魚」を演じるときの参考になっています。

今でこそ目黒はしゃれたスポットで高級住宅街になっていますが、噺の舞台になった江戸時代は本当の田舎でした。

江戸時代の繁華街は僕の生まれ育った下町といわれる浅草を中心とした地区でしょうし、「下町」は「城下町」から転じたといいますが、お城の近くが本当の下町だとしても神田の近辺がそうで、いずれにせよ、渋谷や目黒、そして四宿の一つの新宿も田舎であったと落語の世界では話されます。噺家の言うことですから厳密な学説とは違うかもしれませんので、責任は持てませんが。

学芸大学駅の近辺には、鷹番という住所があります。その昔、鷹匠(たかじょう)が住んでいて、お殿さまやお侍さんが鷹狩りをした名残だと聞いています。そうしますと、やはりこの辺りは広い土地で、「目黒の秋刀魚」にあるように田園も広がり、お百姓さんもたくさんいる地域だったんだろうと想像します。

目黒区から世田谷区にかけては下町の小さな住宅とは違い、大きな邸宅が多く、畑も多い土地で、ジョギングをするたびに僕の育った埋立地でその昔、長屋が密集する地域とは街の成り立ちが違うんだなと感じていました。鷹狩りなんて本の中でしか知らなかったけど、本当に昔はこの辺りでされてたんだな、そんな風に思い、「目黒の秋刀魚」を演じるたびに、興味と想像が湧いてきました。

 

 

殿さまを役者で立体化してみたい

そこで僕は「目黒の秋刀魚」の世界を違った形で表現してみたいと思い、演劇用の台本を書き始めました。2017年のことです。

政治家の世襲が進み、庶民とかけ離れた発言をするときに「あの人はお坊ちゃんだ、お殿さまだ」と聞き、「目黒の秋刀魚」のお殿さまが浮かびます。志村けんさんのバカ殿ほどではありませんが、組織のトップに立つ人の金銭感覚や倫理観の欠如を感じるときに、「殿さま感覚」「殿さま商売」って何だろうと考えます。じゃあ、落語ではステレオタイプになりがちな殿さまを役者さんで立体化してみたい、そういう気持ちでした。

僕は「柳家東三楼一座」という一人の劇団を作って、役者さんやスタッフを集めて学芸大学駅前の千本桜ホールで落語と演劇と映像を合わせた公演を打ちました。「目黒の秋刀魚」と「品川心中」を解体してストーリーを変えて、実験的に演劇と映像で捉えたい。そして僕は古典落語を演じる。うまくいったかどうかは、まあ、内緒にしたいですが、新しい視点を自分の中で作れました。

ニューヨークにもいよいよ秋が到来

ニューヨークにも秋の足音が聞こえてきました。今年も「目黒の秋刀魚」の季節到来です。州のトップは変わりましたが、皆さんは落語に重ね合わせますか。アメリカは、ニューヨークは、江戸時代や日本のお殿さまのような政治家とは違いますか。僕はもっとこの国、この街を知って、落語に還元していきたい。

そう考えると、もっともっとニューヨークの街を走っていかないと、と目黒の街に重ねてしまいます。バックヤードで秋刀魚焼いたら、大家さん怒るかなあ。

【次回予告】

次号は、Akoさんのエッセー第6回をお届けします。

 

 

 

 

柳家東三楼
(やなぎや・とうざぶろう)

東京都出身。
1999年に三代目・柳家権太楼に入門。
2014年3月に真打昇進、三代目・東三楼を襲名した。
16年に第71回文化庁芸術祭新人賞を受賞。
19年夏よりクイーンズ在住。
演出家、脚本家、俳優、大学教員(東亜大学芸術学部客員准教授)としても活動。
紋は丸に三つのくくり猿。
出囃子は「靭(うつぼ)猿」。
現在、オンラインでの全米公演ツアーを敢行中。
落語の無料オンラインレッスンあり、詳細はウェブサイトへ。
zabu.site

 

 

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