レトロ作品 まったりレビュー

今週の1本 Born on the Fourth of July(7月4日に生まれて)

映画監督・鈴木やすさんが、思い出の映画作品を、鑑賞当時の思い出を絡めてゆったり紹介します。


今このコラムを毎年、夏休みとクリスマスに過ごす妻の実家、イリノイ州の中心部にある町で書いています。7月4日の独立記念日の打ち上げ花火もここ最近はこの町で見る様になった。ニューヨークの花火よりも規模は小さいが、周りは畑ばかりなので視界を遮るものがなく花火がとても綺麗に見える。

町の中心を横切るように緑の豊かな遊歩道が町の端から端まで通っていて、滞在中はこのトレイルを毎朝一時間ほど走るのが日課だ。この遊歩道はかつてエイブラハム・リンカーンがイリノイ州選出の下院議員だった1853年に彼が尽力して施設した鉄道路線の跡地を町が遊歩道として生まれ変わらせたもので、「憲法のトレイル」と名付けられ町の人々に愛されている。6月にはニューヨーク州アップステートでエリー運河の建造物の跡地を家族で訪れた。アメリカ東海岸地域の今日の繁栄もマンハッタンも世界経済の中心ウォール街もこのエリー運河がもたらした経済効果のおかげでできた。

僕は米国の歴史が好きなのだ。日本や欧州に比べて歴史は浅くても若い息吹に満ちている。何もない広大な大地を鉄道を敷きながら町を次々と作っていったり、オールバニ郡から五大湖までアパラチア山脈を横切って運河を作ったり、宇宙船を月面に着陸させたりなどという壮大な夢は未来への希望や逞しい楽観主義がなければ実現できなかっただろう。そんな米国が好きなのだ。そんな米国に共感して32年の間この国で生活してきた。そしてそんな米国社会が悩み傷つく姿は僕にとって決して他人事ではない。

カミング・ホーム

1956年、ニューヨーク州ロングアイランド。ロニーの人生は未来への希望に満ちていた。第二次大戦に従軍した父を尊敬し、敬虔なクリスチャンの母に愛され、7月4日独立記念日に生まれたことを誇りに思い祖国米国を子供心に深く愛していた。そんな深い愛国心からロニーは高校を卒業しすぐに海兵隊に入隊。時代は米国がベトナムへの軍事介入を始めていく暗い翳りが押し寄せていた。

1968年、ベトナム戦争は激化し、小隊長になったロニーも激しい戦闘にき込まれて負傷、下半身付随の身体で帰国する。車椅子で故郷の町に帰ったロニーを迎えていたのは負傷した兵士を人道的に扱おうとしない政府とベトナム戦争の正義を疑い始めたかつての同級生や兄弟、激しい抗議活動を繰り広げる若い世代だった。ロニーも徐々に酒に溺れていき、祖国への愛国心が揺らぎ始める。しかしロニーは愛国心を失ったのではなく新たな形で生まれ変わっていたことに気づき始める。

実際にベトナム戦争に従軍したロン・コヴィックの同名のメモワールをもとに、自身もベトナム従軍の経験を持つストーン監督とコヴィックが共同で脚本を書いた。ストーン監督は社会派の問題提起がテーマの映画を数多く手掛けている。政府の矛盾や腐敗を映画を通して厳しく追求し続ける監督も紛れもない愛国者だ。

現代は「情報のインフレ」と言われるほど清濁混じり合った情報が蔓延していて、確かな情報をもとに自分自身の考えをまとめて行動することがかなり難しい時代になってきている。

「新たな冷戦の時代」は必要なのか? 本当に正しいことなのか? 国家への忠誠心だとか国を守る勇気だとかのレトリックに翻弄されたこの映画の時代の若者たちの姿を見て、今の若い人たちにじっくりと自分の知性と心で考えて欲しいと願う。

今週の1本

Born on the Fourth of July(7月4日に生まれて)

公開: 1989年
監督: オリバー・ストーン
音楽: ジョン・ウィリアムズ
出演:トム・クルーズ、カイラ・セジウィック、ウィレム・デフォー

配信: Netflix、You Tube、Apple TV他

1960年代のアメリカ、愛国心に溢れるロニ ーは海兵隊に入隊し、ベトナム戦争の最前 線へと赴いていく。

(予告はこちらから)

 

 

鈴木やす

映画監督、俳優。
1991年来米。ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。
短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。
短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。
俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。
現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。
facebook.com/theapologizers

 

 

あなたの思い出の
映画はなんですか?

レビューの感想や、紹介してほしい作品などの情報をお待ちしています。
editor@nyjapion.comまでお寄せください。

関連記事

NYジャピオン 最新号

Vol. 1255

夏の和野菜

盛夏のニューヨーク。色鮮やかな野菜たちが街中に溢れ、目を奪われるが、私たち在留邦人はどうしても和野菜が恋しい。実は、よく探せば、こんなアウェーな土地でも本格的な日本の野菜が手に入る。グリーンマーケットや野菜宅配サービスの賢い利用法など、今回の特集ではとっておきの和野菜情報をお届けする。