アメリカでの健康と医療

第15回 がん治療における臨床試験について〈前編〉

在米日本人の健康と医療をサポートする「FLAT・ふらっと」がお届けする連載。アメリカで健康な生活を送るために役立つ情報を発信します。


がん治療に関して「標準治療」「先端治療」「臨床試験」といった言葉を耳にしたことがある方も多いと思います。これらはどういう意味でしょうか? 前半と後半の2回にわけて、どのようにがんの治療法が開発、確立されていくのか、新薬が市場に出るまでの流れを追いながら、説明したいと思います。

研究室から臨床現場へ

新たな治療薬の発見や初期段階の試験は多くの場合、研究室で行われます。例えば、エリブリンという乳がんなどの治療薬としても使われる抗がん剤は、もともとは神奈川県の三浦海岸に生息するクロイソカイメン(黒磯海綿)に含まれる「ハリコンドリンB」という天然物から作られています。皆さん、研究室の中で研究者が「海綿から最新の抗がん剤を発見した!これはがんに効くに違いない!」と言っているところを、ちょっと想像してみて下さい。

この時点では、「海綿から作られた抗がん剤」をすぐに体内に注射することに不安を覚えませんか? まずは、これが安全かつ有効かどうかを確かめてほしいと思われることでしょう。ではこの「新たな発見」が、どのようにして臨床の現場で使われるようになるのでしょうか。

新たな治療薬やその組み合わせは、最初は研究室内でその効果と安全性がテストされます。具体的には、がんを持ったネズミなどの動物に新規薬を投与し、ネズミのがんに効果があるかどうか、副作用が強く出過ぎないかなどを試します。ここで効果や安全性が確認できない場合は、人に投与することは倫理的に認められません。この段階で開発がストップする薬も数多くあります。

臨床試験での安全性の確認

ネズミでの効果、安全性が確認された「新規治療薬候補」は「第1相臨床試験」に移ります。薬剤が「標準治療(効果があり安全性に大きな問題がないと証明され保険診療の対象となる治療)」として認可されるためには、全部で「3相」の試験を段階的にクリアする必要があります。

その中でも第1相試験の主目的は、「人における、安全性、安全な容量・用法の発見(毒性、副作用の確認)」です。詳しい効果を試すのは、安全が確認された後の臨床試験でということになります。ここでは、数人から数十人程度の患者さんもしくは健常な人に薬を少量から投与し、段階的に増減量を繰り返し、安全かつ最適な容量・用法を見つけ出します。当然、この段階で脱落する治療もあります。

第2相試験での有効性の確認

第2相臨床試験では、第1相試験で決められた容量・用法で、数十人から200〜300人程度の患者さんに投薬して、効果と安全性を確認します。副作用は第1相でも試験されていますが、第1相では極少人数での試験であるために、発生頻度の低い副作用などは見られないことがあるからです。例えば、100人に1人に起こる副作用などは、第1相の数十人の試験ではたまたま見られなかった可能性もあります。この第2相試験でがんに対する有効性が確認され、安全性に懸念がなければ、いよいよ最終の第3相試験へと進みます。

第3相試験で「標準治療」との直接対決

第3相試験では、第2相で有効性が確認された治療が、「標準治療」に勝るものかどうかを確認します。標準治療とは、その時点で最も有効性が高いと臨床試験によって証明済みで、認可を受けて広く使われている治療です。「第2相で有効だと認められたのにまだ試験があるの?」と、不思議に思う方もいるかもしれません。

例えば「XXがん」と診断されたら、まずはA抗がん剤を使うという標準治療があるとします。新たに試験されている薬剤は、単にXXがんに有効だという以上に、効果がA抗がん剤に勝る必要があります。がんを縮小するけど、A抗がん剤ほどは効かないというのでは、新たな標準治療にする価値がないからです。

したがって第3相試験の目的は、第1相、第2相試験を勝ち残った治療が、現在の標準治療より効果的かどうかを、多くの患者さんを対象(数百人から千人規模)に直接比較することです。この第3相試験を通して新たな薬剤がより有効であり、また最終的に安全性にも問題がないと確認された後に、ようやく「標準治療」として認可されるのです。

次回は「先端治療」と「標準治療」の違いは何かや、臨床試験に参加する利点や臨床試験の課題などをお伝えします。


今週の執筆者

藤井健夫 

腫瘍内科専門医

信州大学医学部卒業、沖縄米国海軍病院、聖路加国際病院で研修後に渡米。ハワイ大学、ノースウェルヘルス、MDアンダーソンがんセンターで内科、腫瘍内科の研修を終え、現在は米国国立衛生研究所(NIH)内の米国国立がん研究所(NCI)で診療及び自身の研究室を主宰。専門は乳がん。


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「FLAT・ふらっと」は、乳がんと婦人科がんの患者、がん患者全般、高齢者、特別支援が必要な子どもを持つ保護者、介護者など、在米日本人の健康を、広い範囲でサポートする団体です。

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